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「こころの処方箋」書籍紹介

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今回は、「こころの処方箋 河合隼雄 著」の紹介をしていきます。

あなたがもう人生最悪だ!と思った時に癒してくれる本です。

 

ふたつよいことさてないものよ

それでは一つ目のポイント、ふたつよいことさてないものよ を説明していきます。
ふたつよいことさてないものよというのは、一つ良いことがあると一つ悪い事があるとも考えられるという事です。
良い事がやってくると一緒に悪い事もやってきます。

 

職場で出世したら、周りの仕事仲間に嫉妬されます。
膨大な富を手に入れると、それ欲しさに飢えている者達が寄ってきて、信頼できる友好する機会が減ってしまいます。

 

念願の好きな人と結ばれて人生を満喫していたら、結局別れて愛に絶望を感じます。
世の中なかなか上手くできていて、都合良く進まないギミックが仕込まれています。

自身が欲しいと望んでいるものが入手できても、実際は損をする可能性があるのです。
求めている物にはメリットとデメリットの両方が備わって対立をしているのです。

 

また、ふたつよいことさてないものよ を理解すると、悪い事の心の準備もできるのです。
悪い事を容認する心構えが出来てきます。
人間は再び訪れる試練が発生しても事前に準備して立ち向かい、原因が理解していると対処しやすいのです。

 

そしてその逆もまた然りです。
突如不幸が起きても、一歩引いて視界を広げるとそれに見合うだけの悪い事の後ろに良い事が後ろで潜んでいる可能性があるのです、
これを知らないから落ち込んだり不満を言ってしまうのです。

 

世間では体調を崩すと悪い症状だと思われます。
しかし本当は体からの思考の進路を変更しなさい、休息を取りなさい、というありがたい指示かもしれないのです。

簡単に言うと自分自身として迷っていますよ、この方が気楽で楽しいですよ、という最も重要なサインの可能性があります。

これと同じような意味でそうかもしれないし、そうじゃないかもしれないというのがあります。

 

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないの例を話していきます。
ある日、農村に住んでいる賢者に農夫が冷や汗をかきながら訪ねました。
賢者さん最悪だ、うちの牛が力尽きて畑を耕せなくなった。
賢者は答えます。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 

 

その翌日、農夫の畑のそばに1頭の若くて力強い野生の馬が現れたので何とか捕獲して牛の代わりにできるようになりました。
農夫は言いました賢者さんの言う通りだ。

 

牛が倒れたのは最悪じゃなかった、牛がいなくなったから新しい馬が手に入った。
賢者は言います。
そうかもしれない、そうじゃないかもしれない。

 

 

数日後、農夫の息子が手に入れた馬に暴れられて足を負傷し畑仕事ができなくなりました。
農夫はまた言います。
何故あの馬を手に入れたのは幸運ではなく悲運だとわかっていたのか?家の息子が畑仕事できなくなっちまった、今度こそ人生のドン底だ。
賢者は言います。
そうかもしれない、そうじゃないかもしれない。

 

 

数日後、突然国家の戦争が始まり、若者を一人残らず戦場に連れて行こうと国の軍隊が村に訪れてきました。
農夫の息子だけが足の負傷で兵役を免除されました。
他の若者はみんな戦死する運命なのにケガのおかげで彼だけ命が助かったのです。

 

 

この話の教訓は何が起きるかは誰も分からないという事です。
何が起こったのか自分は知っていると思い込んでいるだけなのです。
人は皆、自分は知っていると思い込んでいるだけです。

 

何が起こったのかなんて本当にわからないのです。
日本が高度経済成長できたのは戦争でアメリカにボコボコにされたからです。
戦争に負けたのは良いことだったのか悪いことだったのか何とも言えないのです。

 

僕たちはつい大げさに考えて、最悪のシナリオを書きあげます。
ほとんどの場合それは間違いなのです。
心を冷静にさせて様々視点を見渡すようにすると、絶体絶命だと思われた事が実はあっけないものが多いのです。

 

 

人は予想外な出来事に思考がストップし冷静に判断ができずに正気を保てない性質があるからです。
良し悪しの定義をすぐに二分してしまうのも同じです。
確かに酷い人かもしれないけど、実は良い人の可能性もあるのです。
完璧で冷酷無残の悪人はこの世にはいません。

 

私達は当たり前のように正義の立場であっちが悪いと判断して、正義の鉄槌をしてしまいがちです。
だが正義を振りかざして人を叩き出すと、その正義は悪であることが多いのです。

つまり情け無用の悲劇を一方的に自分の身に浴びる事は実際ありません。
自分で勝手に最低最悪だと判断して、初めて最悪なことになるのです。
世界の全ては個人的なエゴです。

 

これは何を教えてくれようとしているのだろう?
もっと広い視界で眺めると、これを手に入れたのはこのイベントのおかげでは?このように想像するのが重要です。
あの出来事があったから今があると後から考えてみると実際に多いのです。
物事はすべて今の自分に必要だから起こっているのです。
一瞬最悪だと考えてしまうような出来事は本当に人を成長させるものなのです。

 

 

物事の良し悪しを判断するなとブッダは伝えています。
これは良いことであれば悪いことと判断することを止めましょう。
人の悩みのすべては判断することから生まれるのです。

 

予定通りに仕事が進まない事実だけなら傷つかないのを、予定通りに仕事できない自分はダメな人間だ、と勝手に判断するから傷つくのです。
女性にモテないから、自分はダメな独身だと勝手に思い込みするから傷つきます。

 

思い通りにいかないとダメだという勝手な思い込みによる判断が悲しみを生んでいます。
世間にあふれる情報からこうでなければいけないと勝手に判断する事、これが妄想です。

全ての不幸は自分の勝手な妄想に過ぎません。
世間に溢れる情報からこうでなければいけないと判断していたとしてもただの妄想に過ぎないのです。

 

ついてないなと思ってしまうのも空想の産物です。

「ふたつよいことさてないものよ」と「そうかもしれないしそうじゃないかもしれない」で絶望的な状況は自分の人生では同じ繰り返しは起きないと判断しましょう。

 

 

マジメも休み休み言え

続いてマジメも休み休み言えというのを説明していきます。
欧米人はどんな場面でもジョークを混ぜるのが好きです。
彼らから言わせると日本人はマジメすぎるそうです。

 

例えばアメリカでは、大事な事件での証人喚問で発言をする際も冗談を言います。
そんなことをすれば日本では批判の集中砲火を喰らいます。
アメリカでは様々な相手に対して聞く態度は変えません。

 

どんな相手でも一応聞くだけ聞く姿勢をもっています。
それに対して日本的マジメは、マジメの皮が正しいと決まりきっていて悪い方はただ謝るしかないのです。

 

マジメな人は住んでいる世界を狭く限定して、その中でマジメにやっているので相手の世界にまで足を踏み入れて対話を始めようとする余裕がないのです。
マジメな人は自分の世界を狭く限定して、その中でマジメにやっているだけなのです。

 

 

対して欧米人の場合は、自身が正論の立場だと確信しても、公平に相手の言い分も聞く態度があります。
聞き手は相手と接する時に心のゆとりがあるので、どんな状況でも気の利いた発言ができるのです。

 

 

これは欧米は普段からいろんな宗教いろんな人種が入り混じっており価値観の違いに晒されているからです。
欧米は自分と正反対の価値観で生きている人と、小さい時から教室で言い合いをしているのです。

 

対して日本人の支援が狭いのは島国で単一民族単一宗教だからなのです。
日本では多種多様な価値観を日頃から触れていないので、聞き手に対しての冗談や個性を素直に歓迎しようとしないのです。

 

SNSで欧米は滅多に炎上せず日本で炎上するのは、心を開く余裕がないからです。
Twitterなどは欧米はめったに炎上しません。

日本は非難が殺到して否定意見を押し付けてきます。
欧米のように様々な価値観に触れる経験をあまりしていないからです。
よって日本はアクの強い独創的な人、つまり優秀な人には非常に活躍しにくい国となっているのです。

 

 

マジメな人は自分の限定した世界の中で絶対にマジメなので、確かにそれ以上の事を考える必要もなければ反省する必要もないのです。
反省しない事でマジメな人の考えは何も改善されず、新しい事に受け入れるのに軽蔑的で鈍く動いてしまいます。

 

自分の原点している世界を開いて自分の思いが来ない世界が存在するのを認めることができないのです。
つまりマジメでいようとすることは、狭い身内に定住することを意味して、未開の領域やわずかな異なる意見や個人を批判してしまいがちになるのです。

マジメな人は少数意見を攻撃してしまうのです。
簡単にいうとマジメな人=視野の狭い人ということです。
あなたを一方的な結論に閉じ込めようとするマジメな人は視野が狭く、未知の体験を取り入れようとしない挑戦を挫折した人です。

 

 

マジメも休み休み言えの休みが大切なのです。
人間は休息している時に他のことを考えます。
休みという余裕が視野狭い自分の生き方は思った以上に選択肢が沢山存在していることを教えてくれます。

 

自分の自由にできる時間が増加するほど、視野は広がり様々なアイディアが閃く可能性があるのです。
日本人がユーモアに欠けると批判される事と日本人が休みを取りたがらないということは関連をしています。

 

日本は労働時間が長く、自由な時間が少ないから色んな思考する余裕がなく、視野が狭くなるのです。
その息苦しさを国全体が無意識に作られています。

 

 

東南アジアのスーパーやレストランの店員は客がガラガラな時はスマホでネット検索し、地面にあぐらをかいて雑談をしてその日となり日有意義に過ごしています。

日本のデパートの店員には適当な行動などしていません。
どんなにお客さんがいなくても真っ直ぐ立っています。
これも○○すべきの思考で凝り固まっている例です。

 

お客が来ないし稼げないなら、他に違う事をして過ごした方が楽です。
店員は常識的にマニュアル通りにやれ!と言う錆びついた発想が、日本全体を悲しみの連鎖に振り回しています。

 

私なら飲食店に行って、店員が暇な時にプレステをしていても何とも思いません。
なんなら飯くらいセリフで運べますし、お酒も作れます。
デパートの店員さんが座ってスマホをいじるのも断然いいと思います。

 

 

ある程度は自由で良いか、きっちりマジメでしないとダメかで仕事や生活のストレスはめちゃめちゃ変わってきます。

・絶対に会社を休んではいけない。
・絶対に遅刻をしてはいけない。
・母親は我が子の世話を放置して遊びに行っちゃいけない。
・親に敬意を持って接しなければいけない。
・マジメに生きなきゃいけない。

 

このような○○してはいけないのような法律以外の空気が日本は厳格なのです。
生活の隅々まで○○してはいけないが暗黙のルールとしてある、ガチガチの単一宗教国になります。
日本は頑な単一宗教の国で信じたもの以外は受け入れるのがとても難しいです。

 

生物の本質は自由への解放であり、やれる事が徐々に無くなるほど生き物はストレスが積み重なるように作られています。
また最近では自由が無くなるほど生産的行動が減るのが研究で証明されています。
日本のGDPが世界国家の競争ではすごく低い順位だとデータで出ています。

 

 

日本に自由度が低すぎて、世界中で配信しているYouTubeで一番低評価が押されている理由や、Twitterや匿名掲示板で暴言や文句が溢れる理由、自殺する可能性が高くなっています。

YouTubeで低評価が一番多いのは、日本では自由が不足しているからです。
自分のあるがままに生きていて好きなことができる人は他人を否定しません。

 

自分が動きにくい環境だから愚痴や不満が積み重なってネット上で攻撃行為に走るのです。
日本中が自我を出してはいけない、生きづらい空気だから多くの人のストレスが蓄積しています。

自分らしく伸び伸びと発言もし行動してもいいという空気がないのです。
テレビでちょっとでも失言すると日本中から叩かれます。
スキャンダルをするとニュースで話題として広まり、全国民に記者会見で謝罪を強いられています。

 

日本は○○あるべき、○○までしなければならないが厳しすぎるのです。
自分達で足を引っ張り合う事で息苦しい社会して、自ら動きにくい状況にしています。

 

この多数決で決められた雰囲気がクリエイティブの光を塞ぎ、国の繁栄を妨害しています。
希少な意見を拒否し続ける空気があるせいで創造性を潰していくのです。
そして人は自身の創造力を発動しないまま棚上げすると、幸せを感じる事が減るのです。

気楽に住みやすい国にしたいのなら「かくあるべし」とマジメに古臭く行動するのは休み休みしましょう。
マジメ人間になりたくなければ「かくあるべし」を止めてみましょう。
マジメ人間なままでいると周囲の状況が分かりづらくなり、未知の要素を学習しないまま成長せず、周りで楽しんでいる人を邪魔してしまいます。

 

異なる意見や少数派の意見にすぐ批判しないことで、創造性を発揮しやすくなり国全体の幸福度が上がっていきます。
このように「そうじゃないかもしれないし、そうじゃないかもしれない」を各々が広い視野を見ることができるになると徐々に暮らしやすい環境が整備されていくでしょう。

 

この考えを編みだすと、まず自分が救済されると同時に自然と他人を助けることができます。
それを繰り返して大勢の方々を救い出すと、最後の最後に自分が沢山救われているのです。

 

日本人はマジメすぎです。
もっとふざけて楽に生きていいでしょう 。

 

おさらい

ふたつよいこと、さてないものよ=良いことの陰には悪いことがあるもの。
手に入れたい物は実は手に入らない方が良いかもしれない。
ふたつよいことさて何もの様で悪いことの心の備えをする。
視野を広げてみると、悪いことが起きてもその裏に良いことが存在している。

 

最悪な出来事はそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
正義を振りかざして人をたたき出すとその正義は悪である。
実際この世には一方的な悪い事なんて存在しない。
これは何を伝えているんだ…?と考える。
後から考えてみると、あれがあったからこそと考えられる事がほとんど。

 

理不尽で最悪な出来事が実は急成長させるチャンス。
良し悪しを判断するな。
○○だから自分はダメな人間だと勝手に妄想をするな。
自身が受ける不幸はただの思いこみに過ぎない。
アメリカでは様々な相手に対して聞く態度は変えずに言い分を聞く。

 

日本的に真面目な人は真面目の側が正論と決まっていて悪い方は謝罪するだけ。
真面目な人は世界を狭く限定しながら住んでいて、その狭い状況で真面目にやっているだけ。
欧米は多様な価値観に小さい時から触れる。
日本は普段から多種多様な価値観の経験が少ないので、様々な個性を歓迎できない。

不祥事での炎上が欧米で盛り上がらず日本で盛り上がるのはするのは心にゆとりを持っていないから。

 

日本は個性の強いクリエイティブを持つ人には住むのが難しい。
真面目な人は反省せず何も改善できずに堕落していく。
真面目な人は未知なる世界や希少意見を反論しまいがち。
あなたを批判してくる真面目な人は周りが見えず、挫折して冷めた人だ。

 

休みという余裕が視野を大きく広げ、様々な生き方やアイディアを見せてくれる。
日本は労働時間が長く自由が少ないから、シェアが狭くなり創造性が下がる。
日本は○○してはいけないのような法律以外の空気が厳格。
日本は未だに頑なに単一宗教国。
生物は自由度が減少すると同時にストレスが溜まるように設定・調整されている。

 

自由が減ると同時に生産性も減る。
日本のYouTubeは世界一低評価が押されるのは、社会の自由度の低さにある。
日本には自分らしく伸び伸びと発言し、行動しても良いという空気がない。
日本人は、自分達で足を引っ張り合って面倒な社会にして自らの動きを縛っている。

 

多数意見しか絶対に認めない空気が創造性の光を潰し、国の繁栄を邪魔や妨害をしている。
暮らしやすい国にしたいなら、「かくあるべし」と発想するマジメ人間を休み休みにする。
異なる意見を否定しないことで、様々創造性が生まれて国内の幸福度が増える。

 

 

最後に

何が起こるかは誰にも本当に分かりません。
今日もしあなたの目の前に不幸が訪れても、それは何かしら将来のプラスに繋がっているかもしれません。

病で倒れ、突然恋人に振られ、孤立し、唐突の死に別れなどそれが悪いかどうか何て正直わかりません。

ソクラテスは言います。

 

人間は死ぬことを最悪で最大の災いであると勝手に決めつけ、恐れている。
これは知らないのに知っていると思うという無知の考え方だ。
だから私はもしかしたら善いことかもしれない死を、はじめからよく分からないのに怖れては逃げることはしない。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

とても面白い本なので是非読んでみて下さい。

 

 

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