スピリチュアル

お金持ちの人ほど、霊的な存在を信じる、その単純明白な理由とは

成功する人は、初体験を強く意識する

近頃、幼い時のように胸が高鳴ったのがいつごろか。 そう質問されて、すぐ思い出せる人は少ないと思う。
大人になることで、得るものだけでなく失うものもある。「初体験」というのが良い例だろう。これは、大人になるにつれて大幅にそして加速的に失われていく。人生経験の浅い子供のうちは何をしても新鮮だった。
家の近くのファミレスでのご飯や、1駅ぽっちの距離の電車利用だって、それは冒険に等しい小さなスペクタクルだった。
しかし、大人になるにつれ、人は様々な体験をしていく。当然ながらそれに従って「初めての体験」というものは失われていく。仕事の面から考えると、新入のころは常に思考錯誤して慣れないながらに働いていたのに、30代を過ぎればいい意味でも悪い意味でも、大抵のことでは動じない。
キャパシティが成長したとも言えるが、その一方で安定に慣れてしまい、現状に満足して努力を止め、新しいことを学ぶ意欲が削がれていく人も多い。
これらは何を引き起こすか。思考の硬直と視野狭窄。つまらない人間になりがちだ。成功する人は常に時代を先取りする。そのために必要なのは新しい刺激だ。だから彼らは常にそれを追い求め、自分の世界を広げようと努力している。
それゆえに成功者は年を取っても未知の体験というのが好きだ。それを得るためには金額と努力を厭わない。かく言う私も、些細な事を含めて日々新しい体験を含めて努力をしている。
最近のエピソードで言えば、車で出かけるにしても、自分の車とは別に高級車をいろいろレンタルする。一台一台乗り心地が違うのだ。ただ乗るのではなく自ら運転する事で、エンジン音や車高の高さなど、より
乗り心地を楽しむことが出来る。
新しい体験は自分だけのものではない。家族にもそうさせることを意識している。2017年にはパリ旅行に行った。その際は最上級ホテルと言われるリッツホテルに宿泊し、食事をするレストランも三ツ星にした。
「子供のうちから贅沢するとロクなことにならない」と言う人もいる。だが、子供の内に最高級に触れるのは、投資とも言えるのだ。
「初体験」を出来るだけ長く、厚く重ねる。それらをするためにリソースは惜しまない。自分に返ってくるはずのものだからだ。

多くの成功者はスピリチュアルなものを信じている

多くの成功者は、どんな形であれスピリチュアルな存在を信じている。胡散臭いと想像する人も多いし、毛嫌いする人も決して少なくはない。
スピリチュアルな存在は曖昧で抽象的だ。成功者といえば合理的でクール。真逆の印象である。
しかし、成功者ほど参拝や神社巡りを欠かさない人も多く、趣味にしている人もいる。私自身も、各地の神社を定期的に訪れ、参拝や祈祷を受けている。
中には、日本国内に飽き足らず、海外までパワースポットに出かける人もいる。家に神棚を飾る。毎朝拝み、お守りを身につけたりする。風水や占い、UFOやUMAなどの話で盛り上がる、そう言う人もいる。
困ったとき、悩んだ時は霊能者や占い師を頼るのは古代からもよくあるケースだ。
全てを占い通りに行動する、ということは受けたもの自身も思っていないが、日々の行動の方針とする人は多い。
なぜ成功者はスピリチュアルなものを信じるか。ビジネスや投資は先が読めない。そんな世界の勝負は突き詰めると運命や神頼みという領域になるのだろう。
波乱万丈な人生を送っていた人も多い。自分自身がその中で神秘的な経験をしているケースがある。
私自身も教育で教わる合理主義では理解できない経験を多くしてきた。
昔から、皇帝や君主など、成功者は占いや宗教を拠り所にしてきたのは歴史が証明している。日本でも天皇は神を祖先に持つという位置付けであったし、大企業の社長、創業者がそういった気持ちを元に参拝や寄付をするケースは多い。
自宅の近くには箱根神社があるが、某大企業グループの創業者が熱心に参拝していた事実が地元で広く知られている。よくよく考えてみれば、成功者というのは自分だけの力でなく、誰かの力を借りて成功するというのが必ずと言って良いほど起こる。
誰かの力というのを解釈していくと、親兄弟、妻を含めた親族。恋人や友人、知人、日本国、地球、太陽系、宇宙…もう、無限大だ。
自分を取り巻く環境のおかげで成功したと考えると、スピリチュアルな存在を信じ、世界に感謝するのも不思議ではない。むしろ自分の力だけでなんでも出来ると思うのが傲慢とすら思える。
教育で学ぶ合理主義など、その場しのぎのものだけであり、大きな流れの中ではなんの役にも立たない。
こういうわけで、先の見えない人生で大事をなすのであれば、見えない加護を求めて当然だと、私は考えている。